傷とピアスだらけの体 莉子 (18) 学生

理由のないマゾヒズム

莉子は大学生になったばかりだ。
ぴかぴか輝く女子の王道を歩んできたとは言い難い。莉子はずっと、メインカルチャーの外側に居る。
耳に無数に突きさされたピアス。口内にも鈍い銀色がのぞく。
腕には、白い傷跡が幾筋も残っている。

「可愛いと思いませんか、こういうの」

傷もピアスも、莉子にとっては自分を飾るお気に入りのアクセサリーだ。
どこか愛おしいものを見るような表情で、彼女は語る。
自分の体を傷つけることには殆ど抵抗がないらしい。

狂気や、リストカッターが見せる寂しさはそこにない。
ただ当たり前に、自己の肉体を破壊しながら、10代の瑞々しい生命力で上書きする。
莉子の精神力は生半可ではない。

彼女がSMの道に足を踏み入れたのは、必然と言えば必然だろう。
望むのは「被虐」。ただし、ちょっとえげつないレベルの。

尖った外見とは裏腹に、莉子の目元はいつも優しい。
ときどき、はにかみといたずらっぽさがそこに混じる。

M女は、何かの理由があってM女になるのか?
単純に、好きだからそうあってはおかしいのか?
トラウマとか、破滅願望とか、そんな病理性が一個も無くても、莉子は成立していた。
ただ当たり前のように、被虐がそこにあった。屈託のない清らかさと共に。

彼女の人の愛し方

莉子は一人娘で、親元から離れたことは無い。
両親との仲は悪くないようである。
友達もそれなりに多く、男女分け隔てなく青春を楽しんでいる。

彼女が一つ持て余しているとしたら、それは性的な欲望と、好奇心の強さだろう。

「ほとんど毎日、朝と夜に一人でしてます」

手間のかかるロングヘアをきれいにまとめ、年齢よりも大人っぽくまとめたファッション。
ウエストはあまり見ないくらい細い。一方で胸はDカップあるという。
着くべきところに肉がついて、余計なところにはついていない…「今時の子」っぽい均整のとれたプロポーションを莉子は備える。

「我慢できなくて、結構いろんな人としました。でもあんまり良くなかったです。気持ちはいいんですけど」

気持ちいいのに、良くはない。その理由は単純だ。
マゾヒズムという嗜好である。

新しいものを受け入れる柔軟さと、若者らしい性欲とが混ざり合い、半ば何でもありになりながら、莉子は自分自身を制御しきれない。
やけになって、出会い系にも手を出す。そこで、わざと使い捨て同然にボロボロになる。
そんな自分を楽しんですらいた。

理由はよく分からないが、彼女は僕によく懐いた。

一緒にお茶を飲んでいても、あまりしゃべらない。僕は最初こそ気を使って話しかけていたが、やがて彼女は沈黙が好きなのだと悟ると、それもやめた。日常の雑談には莉子はさほど興味がないようだった。
それでも、時々は喋る。

「あの…」
「ん?」
「ビンタするのって好きですか?」

質問しているのは僕ではない。
沈黙を挟んで、思い出したように莉子が口を開くときは、いつもこんな調子だ。
莉子には、常識がどうとかはあまり関係がないようだった。白昼の喫茶店でいつもこんなことを言い出すのだから、僕はたしなめる側に回るほかない。

そうすると、また彼女は黙る。
僕達は何度か会って話したが、そこでは沈黙の時間の方が支配的だった。
静寂の時の方が、むしろ莉子は機嫌よく微笑んでいる。

「何を微笑んでるの」と僕が水を向けると、急に居心地悪そうにする。
しばらくすると、どうも目を見て話すのが苦手なことも分かった。

僕がスマホを片手に、大した興味もなさそうに話を向けた時は、莉子は喜んで話した。
まるで、ぞんざいに扱われたほうが嬉しいかのようだった。

僕は無口な彼女の内面をそれほど知ろうとはしなかったし、彼女も僕の事を聞こうとはしなかった。
言葉の通じない外国人みたいなコミュニケーションになることもあったが、お互いの所作からしたいことは想像がついたし、それで十分だった。

傷だらけになって救われる何か

ホテルの一室で、彼女は粗雑に、乱暴に扱われる。
痛みを、苦しみを求めて、飲み干す。
そこにあるのは、SMプレイの名を借りた、存在否定のようなどぎつさがある。

僕は、彼女の好みに何も言わない。
たぶん、SMでも、凌辱でもない。
名前のついていない空白地帯に、莉子の性癖が存在する。

「傷、つけてください」

莉子が望むのは、体の傷なのか、心の傷なのか。

もっと。
もっと。

足りない。

優しさなんていらない。

与えてほしい。

ただ生きていくことに、必死になれるような傷を。

誰にも理解されないまま、伸ばした手は、何かを掴むのだろうか?
それとも、無残に踏みつけられて、終わるだろうか。

後者の方が似合うだろうな、と僕は思う。

どうやっても届かない光でも、そこに見え続けている限り、いつかは手にするかもしれない。
そんな頼りない希望だけが、莉子をギリギリで救っているように見える。

闇の中に、沈んでしまわないように。

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