自己肯定感の低い女 芽衣(19)学生

誰かに認めてほしくて

芽衣からの相談は最初、体験してみたいという内容ではなかった。
当時彼女は別の人と付き合って(?)いたのだ。
メールを読み返すと切実な悩みが伝わってくる。

「〇ヶ月前に今のご主人様に拾って頂き、主従関係というものを結ばせて頂きました。
手を繋ぐ、キスをする、セックスをする…全部ご主人様が初めてで、すごく嬉しい気持ちでいっぱいなんです。
ただ、同時になぜ私はこの人の傍にいれるんだろうって疑問がずっとあるんです。
私は、愛されることが分かりません。好きってどういう気持ちか分かりません。インターネット等で調べ、原因は自分の家庭環境にあると分かりました。ずっといい子でいなきゃって、そういう風に生きてきたから気づいた時には自分を見失い、自分が分からなくなっていました。
私のご主人様は過去に何人か主従関係を結んでてその昔の話も聞きました。聞いて自分もそうならなきゃって思う反面、私はその人達よりなにもかも劣っているのになぜ好きだと言ってくれるのだろう。なぜそばに置いてくれるんだろうってずっと考えてしまうんです。
いい子になることしか分からないんです。自分なんかどうでもいい…というより空っぽなんです。
私には何も無いんです。あの人に返せるような価値のあるもの。その癖、そばにいたいなんて思っているんです…。
愛して欲しかったはずなのに、愛されることがこんなにも怖いなんて知らなかった。
私は仕える者として相応しいのでしょうか…」

彼女がSMにハマったきっかけは、判然としない。

「元々SMとかの界隈にいた訳では無いのですが、たまたま私がいた界隈でよく話した人が、私のことを気に入り今日からお前は俺の奴隷だから。って言われたのがきっかけです。
別になんの疑問も持たなかった自分が不思議ですが、すぐ受け入れました。
ご主人様…と呼ぶことが少し心地よかった。
最初から興味があってこの界隈に来たとかじゃないです。やってみたら心地よかった」

僕はただ芽衣の不安を聞き、ありのままでいい、というようなことを答えた気がする。
彼女のパートナーが何を思っているのか?については全く答えなかった。
僕に分かりっこないからだ。
そういう事は、当人同士で解決するしかない。
ただ、SMや主従という言葉にとらわれすぎないように、とは言った。

孤独と寂しさ

主従という関係に悩む人は数多い。
とくに性経験の少ないまま関係を築き始めた人は大変である。

「主従って何なんでしょう?普通に好きじゃダメなのかな。…あ、普通の好きってのも、私はよく分からないんですけどね」

芽衣の疑問は、僕が「白いゾーン」を書き上げる際に、幾度となく繰り返してきた疑問そのものである。

彼女は恋愛経験が殆どない。性経験も然りだ。
だから、フツウがどうなのかよく分からないし、ノーマルなのか、Mなのかを確かめるタイミングもなかった。

「ただ、誰かと繋がっていたいのかな、と思います。私は人に否定されたり、我慢したりの人生ばっかりで…あんまりイメージはないです」

芽衣は一人娘で、少なくとも物理的には何不自由なく育ったが、代わりに幼少期から過干渉で否定的な言葉をよく受けていたようだ。
どうしてそんなこともできないの?あなたはお母さんのいう事を聞いてればいいのよ。
今も両親との仲が悪いわけではない。ただ、自立心を養う機会は全くと言っていいほどなかったようだ。代わりに、機嫌を取ることはよく覚えた。無論、芽衣自身はそれを楽しんでいたわけではない。
ただ、ごちゃごちゃと嫌みを言われたり、怒鳴りつけられたりすることを避けるために、我慢していたに過ぎない。

言われれば、その通りにする。
マゾヒスト、サブミッシブに共通する素因はこうして育まれた。

「本当は、こういうのやめたいと思うときがあります」

芽衣は自分のことを「Mだ」とは思っていない。しかし、フツウでもなさそうだと思っている。
なんとなく、主従という世界なら自分の居場所があるような気がしている。

過去の経験に照らしても、芽衣とSMの世界の相性は悪くなかったようだ。
元ご主人様と一緒に居た時、つかの間の心の平安が彼女に訪れた。
相手に求められ、応えればそこにいてよかった。
家に居るより気楽である。
なにせ、同じように言う事をきいているだけなのに褒めてもらえるのだ。
ご主人様と奴隷。
ただそう呼び名をつけただけなのに。

困惑したのは、しばらく経った頃である。
だんだんと、求められる事が少なくなった。
芽衣は戸惑い、どうしたらいいかと「ご主人様」に質問した。

「求められなくても、自分から考えて動きなさい」

そう言われて、途方に暮れた。
意味はすぐに分かった。

機嫌を取って、いい子でいなさい。

しかし、何物でもない芽衣が差し出せるものなど、やっぱり何もなかった。
居場所は一転して、芽衣の忌み嫌う家庭環境の再現となった。
耐えきれなくなって、彼女の方から関係を解消した。

お別れのあとの孤独はひどく辛いものだったらしい。
一人になって、改めて芽衣は僕にメッセージをくれた。

「本当はすごくすごく苦しくて辛くてどうしていいか分からなくて…誰にも言えない中で思い出したのがハルトさんでした。こんな連絡してごめんなさい…」

僕は別に構わなかった。
もとはと言えば、都合よく利用してもらうために、体験コーナーなどというものを設けたのだ。

男の孤独を癒すための女は、夜の街を歩けば見つけられる。
女の孤独を癒すための男は、どこにも存在しない。

言葉で繋がれないときに

「精神的なつながりなんて、よくわかりません」

お茶を飲みながら話している間、芽衣はそんなことを言いながら、難しい顔をしていた。
笑みがこぼれることは滅多にない。
緊張しているから、という理由だけではない。
無表情でいること自体が彼女のポリシーであるかのようだった。

SMの話をしている時だけは、真剣にふむふむと頷きながら聞いていた。
僕は、彼女の疑問に対する答えをだいたい持っていた。
誰もが言わないことを、もしくは考え付かないことを、僕は教えた。
それだけで、十分だった。

「ハルトさんの言っていることは、本当だと思えます」

SMの世界には、嘘が多い。
都合の良い性奴隷を求めて、口当たりのいい言葉が繰り出され、本質的な質問は先送りにされる。
まるで、SMの神髄に辿り着いた時だけにそれが見つかるのだ、と言わんばかりに。
分かってやっている者もいれば、そうでない者もいる。

「どういうのが気持ちいいかも、よく分かりません。自分一人ですることもないし、自分の好きなものがちゃんと言えないです」

芽衣の中にある何かを見つけるために、僕達はホテルへ向かう。

道すがら、手をつないで歩いた。
僕は普段はそういうことはあまりしない。
ノーマルならともかく、これからSMプレイをする相手と、イチャイチャラブラブするのも何か違うなあ、と思うからだ。

とはいえ、M性にもグラデーションがある。
芽衣はどのあたりに居るか?限りなくノーマルに近いほうだろう。
だから僕はその手を取った。
普通の女の子のように、扱った。

とはいえ、明らかに「透明」とは言えない。
彼女は、いつの間にかMの仲間に入れられているのに、SMの世界にも馴染めない人たちが居る空白地帯「白いゾーン」に居る。

ホテルで、僕は芽衣を脱がす。
ほとんど何もしていないのに、その下着は色が変わる位に湿っていた。

「手をつないだ時から、濡れちゃって…」

ひどく恥ずかしがりながら、うつむき加減にこたえる芽衣。
してみたいことはあるか?と問うた僕に、彼女は答える。

「好きなようにしてもらいたいです…」

芽衣の性癖について、僕はいまいち具体的なところを掴みかねていた。
しかし、ふたを開けてみれば単純な事だった。

「気持ちいいです、ごめんなさい」

薄かった表情も、二人きりになれば違った。
指が触れるたび、のぼせたように、うっとりとする。
口内も、小さな穴も、相手に好きなように使ってもらうことこそが、彼女の幸せだった。

言葉で縛らなくても、何も強制しなくてもよかった。

話さなくても、芽衣は何をすべきか理解している。
一度スイッチが入ったあとは、彼女は自分自身を止められない。

小さな体で、一生懸命に動く。

僕はひたすら、芽衣を使う。
愛を囁いたりなんてしない。
そして、あえて突き放す言葉を投げかけることもしない。

ただ、そこに居てもいいんだと、体温で伝えた。

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