一人暮らしで忙しいキャリアウーマンがストレスに押しつぶされそうになる話(モデル小説:B-前編)

にこやかな自分と裏の顔

Bは、20代後半の一人暮らしの女である。大学を卒業してから、大企業に入り、ずっと務めている。最初こそおろおろしていたが、だんだんとコツを掴んだ。今では同期の中でも成長株とみられている。B自身、自分の成長に手ごたえを感じているし、仕事にやりがいも出てきたところだ。
中々ハードな職場だが、総合職というのはそういうものだとあきらめている。
キャリアウーマンを目指すBにとって、これくらいは何でもない。

そのための努力もしている。勉強だけではない、職場でもいろいろな気遣いが欠かせない。言葉や関心を愛想よく他人に向けることもその一つだ。相手との意見の相違があっても、それはそれで価値観の違いであり、違って当たり前だと思う。だからべつに文句は付けないし、基本的には好意的、悪くてもニュートラルな反応を返すようにしている。

基本的には人当たりのよい人物と見られている。
Bは大勢の人とワイワイ盛り上がるタイプではないが、1対1の会話ではおおむね好感を持ってもらえる。人と関わることもそこそこある職場だ。コミュニケーションの量も多い。それらを毎日ソツなくこなしながら、Bはちょっとずつ空しさも感じていた。

あんまり人と関わることが得意ではないのである。動機を見ればわかるように、コミュニケーションは会社でうまくやるためと手段であり、自分が人好きかどうかは関係ない。

ほとんどの会話は、うわべに過ぎない、とBは思う。

普段する当たり障りのない話は面白くない。はずれのレスポンスをしないようにうまく調整された言葉たちは、Bにはまったく響かない。自分に響いてないのだから、他人にも響いてないだろうな、とは思う。

「Bさん、最近すごいですね。入社したころとは見違えちゃうな」
「そんな、まだまだです。でもありがとうございます」

褒められる事にも何となく罪悪感がある。それは、そう見せてるだけなのよ…。
オフィスのせわしない空気に居心地を悪くしながら、PCを叩く。
今日も一日、頑張らなくちゃ…。

一人で帰る部屋、彼氏とのLINE


(ただいま、っと…)
短い文をLINEで送ったあと、Bはスマホを放り投げてジャケットを脱ぐ。

「疲れた…」

帰宅した後のひんやり部屋で、一人ごとをつぶやく。Bの帰宅時間はいつも遅い。今日だって、ぼちぼち夜も遅い時間だ。こんな時、誰かが家で待ってくれていたらいいのに、と思う。

「まぁでも、次の週末には久しぶりに会えるしね…」

先ほど送ったメッセージの相手は彼氏だ。付き合って1年くらいになる。それはBが忙しくなった時期と一致するが、時間をやりくりして何とかデートを重ねてきた。だが、それもここしばらくおざなりになっている。

駆け出しのころのBは、癒しを求めて相手を探していたが、過酷な日々にも徐々に慣れた。パートナーとなる男性に求める要素は、立派な人で居てほしい、というものである。自分より、ちゃんと仕事も頑張ってる人。

構いすぎないでいてほしいというのもある。B自身、長い一人暮らしのせいか自立心はそこそこ育っている。そんなに淋しさは無い。ていうか、自分も忙しすぎて相手ができない…という事情もある。

ぶるぶる、とスマホが鳴る。

(おかえり。ここしばらく、毎日おそいんだね)

メッセージには何となくとげがある。最近、仲が冷めてきたかもしれない。連絡の頻度も明らかに減っているし…。まずいな、とは思うのだが、でも、もうちょっとだけ我慢してほしい。あと1か月もすると山場は超えるから。そしたらまた、ゆっくり話せるから。

化粧をオフしながら、Bはうしろめたさを感じ、疲れて帰ってきたのになんでさらに疲れなくちゃいけないの…と思った。
そう思っているうちにテンションがどんどん下がってくる。
元々過労気味なところに、

職場での評価とギャップへの不安

中堅どころとなったBの下には、今年から新人もついている。

「先輩、ここ、どうすればいいですか?」

まだ大学生と社会人の違いも分かっていないような雛たちを相手にする。
少しは自分で考えなさいよ…と内心思いながらも、Bの指示は的確だ。しょうがない、指導だって、仕事の一部なのだから。

Bは人気のある先輩でもある。公平で、正しくて、間違えない人。そんな重たい評価をつけられている。

認められたくて頑張ってきたBにとって、それはいいことに違いないのだが、ふいに、恐怖を感じることがある。

私、実はたいしたことないんだけどな…。
自分ひとりの面倒だって、やっと見ているくらいなのに。
のしかかる責任が、重い。
どこかで、失敗するんじゃないかと思う。

何かひどいミスをして、全てを失うんじゃないだろうか。
今うまくいっている何かは、私をどん底に叩き落すためのドッキリじゃないだろうか。

Bは気持ちを切り替えるのが下手だ。一度ネガティブな嗜好にはまると、そのままずるずると不安が消えない。

怒られることが無くなるのって、結構不安なのよね…。ダメなところは、ダメだと少しずつ言ってほしい。いきなりドカンと来るかもと思うと、不安でしょうがない。

「すみません、ここも教えてください」

くださいは丁寧なだけで命令形だから、そういう場面で違うのはちょっと違うのよ。という言葉をBは言おうかどうか悩み、やっぱり飲み込んだ。いい先輩は、細かいことを言わないものなのだ。自分が新人の頃に思ったことを実際にやるのは中々骨が折れることでもあった。

最後のデート

やっと週末が来る。
Bは久しぶりに会う彼の顔を見たとき、なんだか嫌な予感がした。
思い詰めているような表情をしている。

食事をして、少し近況報告をする。
とても忙しいこと、もうすぐ忙しさは落ち着きそうなこと。あなたの事をないがしろにしているわけではなく、ただ少し時間が足りないのだという事。

「そのことなんだけど…」

彼は神妙な面持ちで話し始める。そらきた、とBは思った。

「別れよう」
「…」

沈黙が場を支配する。
Bは深呼吸しようとしたが、動揺したせいかため息のようになってしまった。

「…連絡が少なくなっちゃってごめんなさい。もうちょっとだけ待ってほしいの。さっきも言ったけど、今は忙しいだけなの」
「頻度の問題じゃないんだ。価値観が合わないんじゃないかなと思ってさ」
「価値観?」
「そこまで仕事に打ち込める理由が分からないよ、俺は」
「…それは、私だって好きでやってるわけじゃなくて。そこはしょうがないでしょ。会社の要請なのよ」
「にしたって極端だろ。朝から晩まで、仕事人間じゃないか」
「だから…」

言い訳をしながら、頭の中でBは「だめかも」と思い始めていた。
彼の言い分が、自分の気持ちまで冷めさせていくのを感じていた。
私が一生懸命、頑張っているものを否定しなくってもいいじゃない。好きでやってるわけじゃないのよ。でも、そういう時間も必要じゃない…

じわっと涙がにじんできた。
そうなると言葉はもう続かない。
結局、二人のすれ違いは埋まらず、その日限りで関係は解消されることになった。

帰り道、どんより曇った空からぽつりぽつりと雨が落ちてきた。
手を濡らした雨粒に気づいて、Bは空を見上げた。
空を見上げるがいつぶりなのか、ぜんぜん思い出せなかった。

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