生まれ育った場所から出たことのない女が抑圧された性欲に悩む話(小説:A-前編)

変わらない町

Aは、大学生になった今でもずっと、同じ町で暮らしている。幼いころから見てきた街の景色は所々新しくはなっているが、基本的には変わっていない。
一人暮らしをしたいと思ったことはある。だが、手間や出ていくお金を考えると、そこまで強い動機にはならなかった。現状に心から満足しているわけではないが、変えるほどの不満もないのである。
そもそも、Aにとって望ましいのは、刺激に満ちた暮らしではなく、変わらない日常だ。
実家の居心地は悪くないのである。両親ともうまくやっている。
一緒に暮らしていれば腹が立つこともあるし、反抗した時期もあったけれど、やっぱりいいとこもある。その価値観をAも認めている。

退屈なのは甘んじて受け入れよう。それは穏やかで不自由のない暮らしの代償なのだ。

とはいえ、最近はちょっと息苦しく感じることもある。周りにいる人たちは、子供のころからAを見続けてきた大人たち。小さかったAも、いまや女らしい体になり、化粧までしている。
体の悩みはあまりなかったが、胸がちょっと育ちすぎたのはAの計算外だった。目立ちたくないAにとって、そんなことで人の視線を集めるのは嫌だった。なので、小さく見せるための下着をつけたりして、いろいろと努力をしている。そのかいあってか、地域の大人たちがAを性の対象として見ることはない。

Aはその日、夕飯の買い出しに出ていた。
地元の小さな商店に寄ると、馴染んだ顔のおじさんが出てくる。

「おお、Aちゃん。そろそろ新しい彼氏は出来たのかい?」
「あはは、全然なんですよぉ」
「そうか、寂しくなったらいつでも俺のところに来てくれよ!ハハハ」

セクハラまがいの会話も、気心の知れた仲で交わされる分には問題ない。
Aは適当に受け流しながら、高校時代にも同じ質問をされたなぁ、と思い出していた。
当時は彼氏がいた。
そのことについては根掘り葉掘り聞かれた。
性格的に問題がなく、いい家庭を築きそうか?
気持ちが通い合っているか、なんてことは聞かれなかった。
彼らは「地域の子供」であるAが、おかしな相手と付き合っていないかだけが気がかりなのだ。
Aに幸せになってほしいし、現実的なことを言えば、もし結婚したら同じ地域に入ってくる人間かもしれないのである。
だから、人物のチェックには余念がなかった。

(私には、プライベートがないなぁ…)

答えなきゃいい話なのだが、そうもいかない。
なんとなく、嘘をついているようで息苦しくなってしまう。
不器用なAは、素直ではあったが、ストレスもため込みやすくなっていた。

変わらない日々

Aには出会いがない。
高校も大学も女子が多いところだったし、アルバイトもほとんどしていない。そもそもAは人見知りで友達も少ない。その代わり、一度仲良くなれば、それなりに深い付き合いはしているつもりだ。

「ねぇ、Aってどういう人が好きなの?」
「うーん…○○みたいな人?」

友達のDとファミレスでドリンクを飲みながら、何度となく繰り返された話題に興じる。この質問に、Aは明確には答えられない。リアルに接したことのある男性のサンプルが少なすぎるのだ。だから、とりあえず好きな俳優の名前を挙げて濁す。

「あれ、面食いじゃないと思ってたんだけど」
「じゃないけど、見る分にはかっこいい方がいいでしょ?」
「現実的な恋人の話よ」

分かっている。テレビの中の人と、理想の恋人は違う。ていうか恋人ってなんだろう?
Aはお付き合いも、性的経験もゼロというわけではない。その時は友達から紹介されて、相手から告白されたから付き合った。それなりに楽しかったが、それが愛情かと問われると自信がなかった。A自身、恋をしているという感覚は薄かったのである。

相手に大きな問題が無ければそれでよかった。
この人が私の相手です、と公表できるようなまともな人。
人に迷惑をかけない人、私に迷惑が掛からない人。

もうちょっと恋愛に燃えてみたい気もするが、そういう観点で選んでいることに薄々は気づいていた。

先の質問も何度も繰り返されたか分からない。その理由は結局、Aが明確な答えを返せていないからに違いなかった。

「ねえ、聞いてる?」
「あ、ごめん、なんだっけ?」
「だから、合わないのよ。今の彼」
「何が?」
「アレの相性」

どこかに行きかけた思考を引き戻され、そのまま惹きつけられる。
友達曰く、エッチがよくないらしい。

Aの中には、相手の評価に「性的に合うか」なんて項目は無い。
結局のところ、セックスは結婚して子供を作るまでの一過程に過ぎない。
ダメじゃない、で十分だと思っている。

そもそも、性的に合うって何なんだろう?
気持ちよくなって、イキまくる、なんてAVの世界の話でしょ?

そう口にしかけるが、何となく黙っておく。
自分が経験してないだけかもしれない。最近、なんとなくそういう可能性を感じてきている。

「やり方が、自分勝手で、強引なんだよね。私の事考えてくれてないの」
「そうなんだ…ひどい人だね」

騒々しい店内では、猥談もうまくかき消されてくれる。
Dは恋多き女である。彼女と仲の悪い友達は、こっそりビッチと呼んでいる。Aはそこまで悪感情は抱いていない。むしろ、あけっぴろげにそういうことを話してくれるのは、Aの性的好奇心をくすぐる。話していて面白い相手だった。

「あーあ、どっかにいい人いないかな」
「そもそも出会いがないよ」
「いまどきアプリですぐ探せるじゃん」
「やだよー、こわい」
「普通に出会うのと変わんないよ、そんなの」

彼女がどこで新しい出会いを見つけてくるのか不思議だったが、謎が一つ解けた。

「誰でもいいって感じ?」
「まさか。ちゃんと見極めてるよその辺は」
「どうやって?」
「顔」
「……」
「冗談だよ。少し話してると、分かるの。相手の考え方とか」
「価値観が合う、みたいな?」
「そこまで深くなくていいかな。危ない奴はすぐに分かるから、そこだけ気を付ける感じ」
「…わりと誰でもいいのでは」
「や、それにプラスで、トキメクひと」
「そこが難しいのよね」
「ちょっとでもね、キュンとさせるとこがあればいいの。あとは可能性」
「アクティブだよね…」

確かに、それくらいでいいのかもしれない。
保守的なAにとっては刺激的な考えだ。でも、私が深く考えすぎなだけかも。と、ちょっとだけ思った。

一人きりの時間

強引なえっち?ちょっとうらやましい。

家に帰り、一通り自分へのお手入れを済ませると、Aはベッドに潜りこみ、その話を思い出していた。

それはAの妄想にはよく登場するシチュエーションだった。一人きりの時、Aはいい子にしていない。秘密の自分は、妄想の中ではかなり自由に振舞っている。

自分の体温で温めらられたベッドに寝ころんでいると、体がじわりとほてる。

手が、股間に伸びる。

性欲自体は強めなのだと、自分で思う。
相手が欲しいと強烈に思うことは無いんだけど、妄想の中での自分はかなり過激に振舞っている。

押し込められた「地元」の檻から飛び出して、自由に振舞う想像をする。まるでDのように。
男を選び、男に選ばれ、遊びまくる自分。
AV女優のように、むちゃくちゃにされてしまう自分。

私は彼女のように可愛くはないし…でも、体は私の方がきっといい。
ほら、おっぱいだって大きいし。そんなレベルの低いマウント。
性的な目線に晒されることに関しては、Aの中に実体験として蓄積されている。
そんな目線を向けてくる男なんて大嫌いだ。

でも、それは意中の相手じゃないからに過ぎない。
そういう目で見られること自体は、本当は…

なりたい自分。なれない自分。
どうしても埋められない空白に押し込んだ、人には見せられない自分。

ただただ頭を真っ白にするように、股間の指を動かす。
ちょっとだけ、自分を壊すように。

呼気がうわずる。
短く、早く。

いやらしい行為に、没頭する。
普段見られている自分は、どこにも性に結び付かない。

いまだけ、自由だ。

誰にも、見られてないから。
誰にも、頭の中だけは、覗けないから。

小さいころからこの町に育った。

大人たちは、保護されるべき小さな存在として私を扱った。
唯一対等なのは同級生。

でも、ちょっとだけ上の存在というのがいない。
自分のうまくいかない何かや、情けない感情。
逃げたいときの、相談相手。

汚いものを受け止めてくれる人は、いないのだ。

大人になった今でも、清らかであることが求められている。

本当は違うのに。
私はもう、汚い性欲まで持った、一人の女だ。

「…っ」

自室で、息を殺して快感に身もだえる。

スマホを片手にすることも増えた。

いつしか読んだ文章が、映像が、頭の中によみがえる。

ひたすら愛撫され、性感帯を責め立てられる。
悲鳴に近い喘ぎ声。
あとはもう欲望のまま、エッチ、エッチ、エッチ。

そんな風に、男に扱われるのはどんな気分だろう

何も隠さず、はっきりと「性の対象」として認められた存在。

現実に私が体験してきたのは、照れくさいままちょっとだけキスして、挿入できる程度に濡れたら、あとはすぐに終わってしまうような、味気ないもの。たまにするバックが恥ずかしい。

むしろ、あれは相手がしたいからさせてあげてるのであって、私の望むものじゃない。

その証拠に、一人でするときはぜんぜん違う想像をしている。

激しく犯される私。

気持ちよくてどうにかなりそうな私。

好き勝手に、私のことなんて考えてないような男に犯される私。

ああ

本当はもっと、いやらしいことがしたいのに。

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