力ずくが支配ではない
当サイトでは、SMの「一日体験」も受け付けている。
何をするのか、という話だが、特に決めてない。
話していくうちに何となく趣向は掴めてくるので、こちらとしては好きそうなことをしてあげるだけだ。
友里も、何とは無しにそんな入り口を見つけて、ドアを叩いた一人である。
「はじめまして。以前からブログを読ませていただいて、ずっと気になっていて、ハルトさんとお話ししてみたいと思い、メッセージを送るかどうか迷っていました」
迷った末に、勇気を振り絞って送った一通の文章。
末尾には、もしよければ返事が欲しい、という内容のことが、控えめに書き添えられていた。
彼女には生来、強い被虐癖があるようだった。
普通の人が、甘い愛撫で感じるのと同じように、友里は、叩かれて、打ちのめされて、感じる。
世間一般的には、それは異常なプロセスと見なされる。
彼女は孤独だった。
「私はずっとMで経験もそこそこある方かなと思います。始まりは高校生くらいの頃からで、主従もありますし、プレイですと苦痛系がメインでスパンキング・鞭・ビンタ・首絞め・快楽とかですかね…それに」
ノーマルなエッチでは、全く濡れないんです。
と、付け加えた。
「付き合った人はほとんどノーマルの人で、好きになった人と付き合ってました。
気持ちの上では好きなので、幸せなんです。でも、体が満たされたことはなく、濡れないし感じないという状態でした。
申し訳ない気持ちもありましたが、Mだから濡れないって伝えて、ローションとか使ってもらってました。
恋心と無関係に鎮座する、Mという性癖の壁は、友里の悩みの種の一つだった。
今まで出会ってきた「S」は、彼女の異常な欲望に本気で触れようとはしなかった。
触れたとしても、ほんの少しだけ。現実的には取るに足らない、求めるものとはかけ離れたものだった。
「今までは、余裕が残る程度にしか責められてなかったのかな」
僕は問いかける。
「そうかもしれないです。それでも、痛みで濡れたり興奮するのは間違いないです」
「私、けっこう抵抗しちゃうので、相手は普通やめちゃうんだけど、本当はやめないでほしい。泣き崩れるくらいまで、追い込んでほしい」
「そうやって、相手に屈服できたらな、と思います。どこかで相手のこと見下したり冷めた目で見てる自分がいつもいて 全部なにもかもさらけ出してみたいなっていう気持ちを抱えてました」
友里が語る。
「自分じゃ敵わないくらい上の人だって思いたくて、今まではそう思うための手段は力だと思ってました。男の人にはかなわない、って。そう思いたくて」
でも、と彼女は続ける。
「力で支配されてみても、結局何も変わりませんでした」
優れた人に支配されたい願望
そりゃ、そうだ。
と僕は指摘する。
それは単に性差であって、本質的な上下とは関係がない。
なるほど、というような反応があった。
「でも、格上の人がどんなものかよく分からなくて…私より大人で頭が良くて余裕があってドSな人っていう、漠然としたイメージしかないんです」
「私よりも、圧倒的に優れた人だったら嬉しい」
友里ははきはきと、分かりやすく自分の事を話した。
人当りも柔らかく、人見知りもしない。
受け身でおどおどした、ステレオタイプな「M」ではない。
隙が無い。
僕は彼女のクレバーさを率直に称えた。
「職場がおじさんばかりなので、うまくなりました(笑)」
「私、器用さには自信があって。結構何でも、人並み以上にできちゃうんです」
「だからものすごい努力したことって、無いかもしれません」
ちょっと余裕のある物言いも、自分の能力への自信から来ているに違いなかった。
理想のSが現れなかった理由は、相性云々というよりも、単に賢すぎて、扱いきれない女だったのだろう。
だが、僕は率直に彼女の傲慢を突く。
「でも、あなたと同じくらい優秀で、かつ努力と時間を積み重ねてきた人には、適わないんだろうね」
優秀さ、という小さな誇りを、真っ向から否定する。
テンポよく交わされてきた会話に、沈黙が下りる。
「…」
プライドを傷つけられた人間は、怒り出したり、それを言った相手に憎しみを覚えるものだ。
文字だけの会話だから、表情は読めない。
この間が、彼女の怒りを意味している可能性もある。
返事を待たずに、さらに追い打ちをかける。
「友里は「フツーの人」よりは、優れた女なんだろう」
「でも、所詮はその程度でしかなさそうだ」
端から見た僕は、高圧的で、上から目線の、嫌味な野郎に違いない。
それは自分でもよく分かっている。
だから、日常生活でこんなことを言う事はまず無い。
相手が女性なら、なおさら。
「だから、本当に難しいことは、何ひとつできないんだろう」
「…」
友里は黙り込み続ける。
他人に、女に、敬意を持たない、目の前の失礼な男。
期待を持って、話をしたいとメッセージまで申し出た男に、そんな風に扱われたら?
ふざけるな、という感情に燃えて言葉をぶつけるか、あるいは何も言わず去っていくかのどちらかだろう。
でも、僕は何となく、彼女のコンプレックスを直感していた。
「…なんで」
やっと、彼女は口を開く。
「なんで、分かるんですか…」
怒りでも、憎しみでもない。
呆けたような言葉。
「友里が僕よりも、下だからってだけじゃない?」
優れた人、とは何か?
勉強ができる人?
力が強い人?
どちらでもない。
答えは、彼女の心の内を見透かせるひと。
そして、自分ですらコントロールできない自分を、掌の上で、操ってくれるひと。
ごくり、とつばを飲み込む音が聞こえたような気がした。
本当に支配されるという事
「なんでこんな簡単に…わかっちゃうんですか」
「誰にも、見透かされたことなんてなかったのに」
それは、単純な考え方のことではなかっただろう。
「下に見られたい」「ちっぽけだと思い知らされたい」そんな願望を、適切なタイミングで、適切な強さで突いてくれる。
そんなささやかで、M女らしい願いを、すっかり上手に処理されたことに対して口から出た感嘆だったように思う。
彼女のプライドは、目の前の男よりも自分が優れているという事実で保たれていた。
SMという関係性があっても同じこと。
友里は表面上は付き従うふりをしながら、内心では自分の被虐欲を満たすために、「ご主人様」を利用していた。
それとは気づかない相手のことを、心の中で軽蔑しながら。
「自分より下ばっかり選んできたんだから、気持ちよくなれないのも当然だと思うよ」
最後のダメ押に、友里はショック状態のまま理解する。
世の中には、私よりも上の、男が、いる。
初めて突き崩された、壁。
この瞬間を境に、友里は全く従順に変化する。
もはや彼女は男を選ぶ側ではない。
そこには、支配されることを心の中で受け入れた一人の女がいた。
(写真は、従順に変わった彼女が送ってきた一枚。ノーマルセックスで濡れない彼女は、性的なやりとりで興奮するタイプではない。ただ、「上の人」に自身の価値をチェックしてもらうための行為だ)
(もちろん、チェックはこれだけでは終わらないのだが…)
彼女は、Mとしても「優秀」だった
Sの意思を素早く汲み、応える。男を喜ばせることも、苦ではなかった。
「プレイはわりと何でも。相手に合わせる感じです。あ、汚いのはNGです。おしっことか」
「結構すぐに、全てを渡したように見せかけてしまうので、相手は満足してしまうんですよね」
義務を果たした彼女は、満足する。
だが、被虐心は満たされないままでそこに残った。
彼女の場合、SMらしい、お尻を叩くスパンキングだけが好きなのではない。
もっと直接的な殴打…腹パンチやビンタも好きなのだという。
「ビンタは1番、心に響くから好きです」
そう友里が言ったあたりから、行為の話にスライドしていく。
あれこれとプレイをあげ、それは濡れる、それは濡れない、なんて少し品のない、しかし楽しい話題が続く。
ノーマルなエッチと無関係にSMの話をするという機会は、なかなか無いらしい。
濡れない体に難儀している彼女にとって、そこから切り離されて性癖を語れる時間は、楽しいものであるらしかった。
どんどん、興が乗ってきたらしい。
友里の雰囲気は楽し気に、そしてどこか熱っぽくなってきていた。
そしてある時
「Sは、女性が感じるのを見ると、嬉しいですか?」
と僕に質問した。
少し考えて、答える。
「感じて濡らしていたら、「汚い」と蔑むだろうね」と答えた。
一瞬の沈黙がある。
「やだ…そんなこと言われたら、もっと濡れちゃう」
友里にとって、それは魅力的な答えだったらしい。
冗談めかしてそう言った後、場の空気が変わった。
完璧な彼女の、ちょっとしたミス。
「濡れちゃうかも」という仮定ではない。
間違って説明した、自分の体。
現在進行形の、話。
僕は意地悪に、でも断定口調で言う。
「想像してたんだ」
「…。」
「…はい」
初めて、女の顔が見える。
文字だけのやり取りの中で、むわっと、男女の匂いが立ち込めたような気がした。
「やらしいね」
侮蔑の言葉を、投げかける。
あれだけSMの話をしたのだから、温まっていたのは間違いない。
はしたない自分が引きずり出される。
体ではなく、心を嬲られる。
被虐と性が絡み合った、女心が求めていた何かが、そこにぽつんと、現れる。
雑談のはずの、メッセージ。
見透かされた、性癖。
その日の終わり、友里は「体験」がしてみたい、とぽつりと僕に言った。
「必死で高く積み上げて
誰も入れないように
守ってきた壁が
全部なくなっちゃうみたいで
怖いんです
本当は壊して
誰かに見つけてもらいたい
ってずっと思ってたはずなのに
いざ壊されそうになると
怖くて守りたくなって…
どうしたらいいんですか…
きっとこのまま守り続ければ
見つけてくれない壊してくれない
周りが悪いんだって
思っていられるから楽なんです…。
でもそれじゃダメだって
わかってる自分もいて
でも自分を見つめるのも
誰かに見られるのも怖くて
踏み出せないんです…」
これは、調教の前日に友里から送られてきたメッセージである。
待ち合わせの日。
カフェに現れた友里は、一杯のコーヒーを飲み干すのもやっとなくらい緊張しきりで、何の余裕もなかった。
文字のやり取りでも照れ続けていたのに、目の前にいざその人が居るとなると困ってしまう。
(あとから「顔が好みだったので…」とさらに照れながら彼女は告白した)
カップが空になったころ、意志の確認をする。
「お願いします…」
うつむいた顔からちらりと上げた視線が、絡み合う。
少し顔を赤らめて、友里はもう一度顔を伏せた。
ホテルの一室で、彼女はもともとの希望通り、あらゆる個所にスパンキングの洗礼を受けた。
床に転がされ、肌を真っ赤にしながら、友里がこちらを見つめている。
冷たい床に、仰向けに転がされ、足をだらしなく開きながら。
股間には、零れ落ちそうなくらいに、粘液がうるうると溜まっている。
僕はそこに足の指を入れる。
うあっ、と声のトーンを跳ね上げながら、友里は呻く。
「気持ち、いいです…」
ぎゅう、っと表情をこわばらせながら、快感に打ち震える。
彼女は、踏まれているのだ。
大事な穴の中を。
うっ、と友里が呻く。
体がこわばったかと思うと、股間のうねりが指先に伝わった。
ほどなくして、ぴゅっ、と潮が吹き出て、僕の足元を濡らした。
足の指だけで、達してしまったらしい。
あとから聞いた話だと、友里はこの時のことをぼんやりとしか覚えていない。
ただただ快楽の渦に飲まれていたのだという。
頭の中は、痺れていた。
何も考えられないくらいに。
引き抜いた足先を口元に持っていくと、嬉しそうに舌を這わせた。
あまり好きではなかったはずだ。
足先のような、汚い部分に触れることは。
ぴちゃ、ぴちゃ、という音が静かな室内に響く。
彼女の表情も印象も、もはや別人のように変わっている。
そろそろおしまいにしよう、と僕は声をかける。
僕の声に、友里は肩で息をしながら、頷く。
そして、体を起こして正座をすると
「ありがとうございました…」
と、きちんと、終わりの挨拶をした。
顔を上げた友里の表情を、僕はよく覚えている。
たりない。
もっと。
まだ求めている、女の顔。
もっともっと、汚れたい。
堕ちたい。
僕はニヤリとして、彼女を浴室に連れていく。
そして、正座して口を開けるように言う。
便器になれ、と僕は言う。
「はい」
友里の顔に、淫猥な笑みが広がる。
飲尿も浴尿も、最初に提示したNGプレイの一つ。
自分の意志で閉じていた扉。
わたしを、堕としてください。
ゴミクズの、女体まで。
彼女の自我は、もはや普段の意志を忘れ、すべてが劣情を満たすためだけに向いていた。
小さな口では、到底受け止められない。頭から尿びたしになる。
異様な光景の中で、友里の身体はぴくぴくと震えていた。
射精のためですらない。
タダノ、便所
「嬉しいんだろ」
「はい」
「イけ。変態」
彼女の中にあった壁は、跡形もなく取り払われていた。
滴り落ちる雫の下で、こみ上げる感情のまま、友里はこの日最後の絶頂を迎えた。
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