誰にも話せないこと
自分のしたこと、したいこと。思っていること。
子供の頃は、何も隠すことなんてない。
全てを素直に口に出す。
誰かに共有して、微笑む。
大人になれば、そうもいかない。
言えないことが増えていく。
本当の自分が沈んでいって、息苦しくなっていく。
どうしても続かなくなったその瞬間だけ、そっと浮かぶ。
プカリと水面から顔を出して、新鮮な空気と太陽の温かさを味わう。
ほんのつかの間、子供に戻る。
そしてまた苦しくなるまで、潜る。
清楚、出会い系、セックス依存症
真奈は21歳の学生である。
話すたび、若々しさによく似合う軽やかな声で笑う。
性格も穏やかで、周りへの気遣いを忘れない。
表情を彩る、セミロングの黒髪。
季節に合わせた、明るい色のワンピース。
彼女は意識して、好感を持たれるように自分を演じる。
周囲の人は、それを額面通りに受け取る。
真奈ちゃんはいい子だ、と信じて疑わない。
「バイト先でも、みんなで下ネタとか話してるみたいなんですけど、私だけそういうの振られないんですよ。真面目だと思われてる」
全てが演技というわけではない。
彼女は実際に勤勉でもある。
10代の頃から、習い事に部活に真面目に取り組み、目立った成績も残した。
大学に入ってからも、難関資格に挑戦している。
コツコツとした勉強が実を結び、在学中に合格できそうだった。
「でも、その資格を取るのやめたんです」
我ながらおかしい、といった感じで、半分吹き出しながら真奈は告白する。
「何年も頑張ってきたけど、なんか本当はやりたくないなって思っちゃって。受験の日、家を出て、会場にはいきませんでした。自分でも何やってるかよく分かんないんですけど」
僕はあいまいに相槌を打った気がする。
気のない返事をするつもりはないのだが、真奈が犠牲にしてきた途方もない時間を想像すると、理解が追い付かない。
うまい言葉が出てこなかった。
「親にも期待されて、応えたいってずっと思ってたんですけど…その日、初めていい子ちゃんじゃなくなりました。スッキリしたのは確かです。でも、代わりに、自分が何者かわからなくなってしまいました。ずっと建前はあったけど、中身はなくて、結局何がやりたいのかわかんなくて、消えたい消えたいってずっと考えてしまって」
そういう時は、どうするの?
と僕は問う。
「出会い系サイトで適当な人と会って、します」
ダメですよね…と付け加えながら、真奈は真面目に答える。
何と答えようか困っている僕のために、彼女は補足をしてくれる。
「昔から、そうなんです。私は劣等感と自信のなさでできてる人間なので、普段からいらないことばかり考えちゃいます。
本当に死にたくなって、そんなときは体を売るんです。危ない人だったらそれはそれでいいか、なんて思いつつ。自分を安売りして、その場しのぎで承認欲求を満たして救われた気持ちになって、そんな自分が大嫌いでした。
こんなこと、誰にも言えません」
メンヘラですよ、と真奈は自分でいう。
落ち込むときはとことん落ち込む。
極端な行動をする。
考えてることとやっていることが、結びつかない。
しかし、そうせずにはいられない。
「相手が気持ち悪い人であるほどイイんです。嫌なんですけど…。なんか変なこと言ってますね笑
でもどんな人でも、セックスした後はスッキリした気分になります。泣いた後みたいに」
彼女が行き場のない気持ちを消化するために出会い系を利用したのは、一度や二度ではない。
何十回も、そういう事を繰り返してきている。
ストレスが溜まった時。
性欲が昂った時。
何か、一人で居られない時。
「私、依存症なのかもしれないですね。セックス依存症」
真奈は、それも可笑しい、と言った感じに屈託なく笑う。
「相手は、年上の人を選びます。実は私、お父さんが苦手で、怖くて。いきなり怒鳴ってきたり、ノックもしないで部屋に入ってきたりされるから、家に居るとずっとストレスでびくびくしてます。知らない人と出会うときも、あの人以上に気を使うことはないし、あの人のおかげで他の知り合う人間全員がましに見えます。
…だからこそ、年上の男の人に何かを求めてしまうのかもしれないです」
年上の人。出会ったばかりの人。
僕もその条件を満たしている。
つまりはそういうことなの?と尋ねてみる。
「いえ、今日は全然違うので…緊張してます。」
はにかみながら、真奈は続ける。
「会う前に色々チャットとかしてもらって、ハルトさんと話してると、わけわかんないくらい濡れて興奮しちゃうのに、自分でそれ以上しようと思うと、気持ちいいのかわかんなくなって最後までイけないんです。
今まで、そんなことありませんでした。
なんでだろうって考えたら、私の気持ちいいはずっと、自傷行為と結びついていて、嫌悪感とセットで、嫌で嫌で仕方ないと、同じくらい気持ちよくなっちゃうんです。どうしようもないクズです。
だから、1人でするときも目の前に人がいるときも、想像の誰かに無理やり犯される想像をしてて、相手なんて正直どうでもよかったんです。
好きな人とさえ、1回もちゃんとセックスしたことないと思ってます。初体験の時から、ずっとそうです。
私のセックスは、目の前を意識すると、我に帰って虚しくなるから、頭で気持ちよくなって、身体でそれを実感して、といった感じ。
私の裏側なんて、誰にも見せたことありません。こういうの話したのはハルトさんが初めてです。ホントの自分を隠さないで会う事なんて無かったから…戸惑ってます」
真面目なトーンで話す彼女の話を、僕は黙って聞く。
「こんなわたしだけど、清楚だって思われたいんです。だから髪の毛も染めないし、肌の見えない服を着るし…。
結局、自分がそうじゃないから、憧れてるんだと思います。
汚い部分がいっぱいあって。自分が嫌いで、とにかくずっと自己否定が止まらなくて」
僕は彼女を肯定も、否定もしない。
そもそも、たくさんの男と寝ることを汚いと断じられるような人間ではない。
「白いゾーンはずっと読んでました。
まるで私の事が書いてあるみたいで、何回も読みました。
自分じゃ言語化できないようなことも、ちゃんと表現されてて。
ハルトさんは、私以上に私の事を分かってくれてるのかもしれない。
そういう人に会ったら、何か変わるかなって」
真奈はうつむく。
さみしい。悲しい。どうにもできない。
誰かに何とかしてほしいけど、そんなこと言えやしない。
彼女はダメな自分を正当化しない。
ありのままに、汚いままでそこにいる。
服を脱いだ真奈の体を、僕はうっすらとしか覚えていない。
ベッドの上で子供みたいな表情をしていたのは、よく覚えている。
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