賢い女性の性的事情
性的欲求について考えることは、人の気持ちについて考えるの通じていると思う。
いくら考えても、想像しても分からないことがある。
論理的に導き出されるものではないからだ。
賢く、道徳的な人が、性的にふしだらであることもある。
それを二面性と取るか、人間らしさと取るかは人ぞれぞれである。
また、親しくなればなるほど性癖が明らかになるわけでもない。
よく知らない人にしかさらけ出せない一面もある。
築き上げた関係性が、性的願望によって崩壊することを心配してしまう。
結果として、モラルにあふれた女性ほど、性的満足を得る機会が減っているのではないかと思う。
日々成長していく中で、気持ちだけは未熟。それでいて深く付き合わない人とはセックスをしない。
安心に性体験を得られる場を提供したい、と僕は考える。
一見順調でも、自己評価が低いこと
「おいしいですね」
小さな居酒屋の端で、僕たちは話している。
久美は初対面でも、人見知りしない。仕事柄人と接することが多いからかもしれない。
ショートカットで小柄。
外見的には大きな特徴がない。無個性と見るか、社会人としてうまく抑制されているとみるかは人によるだろう。
中身はまったく違う。
体験を希望する人の中には、ハイスペックすぎて驚くような人もいるが、久美は特にあてはまる。
仕事はコンサル業をしている。
悩めるクライアントから冷静に情報を集め、分析し、課題を見つけ出しては対処する。
誰もが気づかないことを見抜く必要がある。
そもそもの話だが、コンサル業に就くのは学歴的にも極めて優秀なものである。
クライアントより頭がよくなければ、クライアントが解けない問題を解けないからだ。
久美も当然のように賢い。
20代半ば、海外の有名大学卒。
はたから見たらキャリアはすでに成功しかけている。
対照的に、本人の気持ちは暗い。
「自分はぜんぜん、すごくないんです。親兄弟がすごすぎて」
そう語る時、久美は唐突に涙ぐんだ。
聞いてみると、確かに親兄弟の経歴は相当に華やかだ。
賢い人に混ざると、久美は相対的に賢くない人になってしまう。
「比べられるのを恐れて、ずっと海外の学校に留学していました」
「自分で望んで?」
「はい。そうすれば、特別な人になれる気がしたんですが、結果は違いました。周りの人に比べて、私は全然楽しめてなかったし」
聞く限りは順調なのだが、どうも「特別」の度合いがことさらに高いようだった。
僕の方はあ久美の話を注意深く聞く。
「でも、やり遂げたんだよね?」
「それは、はい」
「できないの度合いが人と違うんじゃないの。周りからは褒められる事は多いでしょう?」
「まあ、そうですね」
彼女は、相手がミスリードをしないように、うまく会話をリードする。
結果的に、僕が知る情報は、彼女のフィルタを通してコントロールされる。
「相手が、私の狙った通りに私を評価すると、冷めちゃいます」
「私がしたいと思っていることを、相手がしてくれているだけなんです」
事前のメッセージのやりとりで、久美が漏らしていた言葉を思い出す。
彼女自身が語る悲哀のストーリーは”完璧”だった。
自分が失敗したと思っている事。
その理由を説明するのに十分なエピソード。
過去に根差した、解決不能なコンプレックス。
きみは、きみが思っているよりもよくやっているよ。
話を聞いた人は、おそらくそう言いたくなるだろう。
その流れに無理はなかったし、実際そのように励ます人がほとんどだったのではないだろうか。
キャリア女性の男性経験
「性的な経験は高校の頃は全然なくて…ここ数年くらいです。彼氏はいるんですが、それでも他の人に会ったりしています」
「それはセフレという意味?」
「てほどでもないんですけど…なんか、その…」
口ごもる久美から少しずつ話を聞き出すと、次のような理由が見て取れた。
・彼氏はとても優しく、人間的な相性はいいと思う。
・ただし、体の相性は全然良くない。
・エッチは気持ちいいとみんなが言っている。相性の問題なのか確かめたい。
・そのためには、彼氏以外の相手としてみるべきだと考えた
実際、アプリなどを使って出会った人は数人いたようだ。
いずれも彼氏よりは気持ちよかったらしい。
ただ、のめり込むほどではなかったようだ。
「最中に、ふと気になっちゃうんです。これでいいのかな、とか。あとは自分がどう見られてるのかな、とか」
出会った男たちに久美がどれほど身の上を話したのかは知る由もないが、おそらくは「勉強をしすぎて、性経験が少ない久美に新たな世界を教える」べく、凝ったプレイをしていたのではないかと思う。
そして、久美の性的好奇心は少しだけ満ちる。しかし、想像の範囲内で相手が動いたことに失望する。
思った通り、体の相性はあるみたい。だけど、結局はこんなものなのだろうか。
「わがままなんです。きっと。自分で望んだことなのに、それが叶ってしまうと変にガッカリします」
このような感情に名前を付けるならおそらく”渇望”だろう。
満たされないから求め、与えられてまた渇く。
相手が自分を上回って、想像もつかないような世界を見せてくれるまで、その渇きは癒えない。
「結局自分は流されるままな気がします。海外留学だって、なんていうか…キラキラした、価値のある体験だった、とは思えないんです」
「エッチの経験にしても、同じなんだね」
「はい」
久美はかわいそうな女だった。
性経験にしても、キャリアプランにしても、久美自身が選ぶ言葉とは裏腹に、彼女の狙った通り特別になっている。
しかし、彼女が思うほど栄光に満ちてはいない。
僕は彼女に語り掛ける。
「そう感じるのは、正しいと思うよ」
「え?」
「海外だって、最初は楽しいけど、それだけだよね。数日したら、もうつまんない」
「…はい」
「エッチだって同じだ。最初は非日常。慣れたら日常。実際、つまらないものはつまらない」
ふいに、久美の表情がゆがむ。
「でも、他の人はもっと楽しめてるじゃないですか。私はそうじゃない」
「そうだね。楽しめてないね」
「だから、ダメだなって思う。他の人みたいに上手にできない」
「うん」
久美の頭に手を置き
「それでいいんじゃない?」
と言うと、彼女はぽろりと涙を流した。
「…いいんですか?」
何でもない会話なのだが、久美にとって新鮮な気持ちだったようだ。
彼女に欠けていたのは、自分の気持ちを肯定される経験だった。
教科書の正解と、自分の気持ちの正解は違う
ひとしきり泣くと、久美は僕に体を寄せて、ぽつぽつと話し出した。
「さっきみたいな話、ずっと言えなかったし、言ってもわかってくれないって思いこんでました」
「ほかにもそういうのがある?」
「コンプレックスがあります。」
「たとえば?」
「体の事とか。太ってるのが嫌です。」
久美の体型は標準的か、やや肉付きが良いというレベルだ。
モデルのように細くないが、女らしい体つきである。
「ダイエットにチャレンジしたら?」
「ときどきしてます。でも、それも続かないし。ボディポジティブって知ってます?」
「知らない。」
「美しく痩せることを求めるより、自分らしい体型でいようって感じの話です。自分に無理のない体型っていうのかな。まあ、少しくらい太っていたって、健康ならいいじゃない、的な。」
「なるほど」
「そう聞くと、そうなのかもしれないって考える自分が居ます。だから、別に痩せなくてもいいかなあって…」
僕は、彼女の言葉をさえぎって言う。
「痩せたほうがいいね。」
「え?でも、痩せてることがいいことだとは…」
「そういう話じゃない。痩せた方がいい理由は、君が痩せたいって思ってるから。」
「..。」
「健康的じゃなかろうと、自分らしくなかろうと、細くて美しいシルエットに憧れているだろ?」
久美は、ボディポジティブという価値観を認めてはいる。でも、そうありたいと願っているわけじゃない。
「”健康的に太っている”は、久美がなりたい自分?」
「…いいえ。
「だったら、自分の気持ちを最優先にしたらいい。」
久美は少し混乱する。
「回りが善だと言ってることと、自分が”良い”と思っていることは、別だよ。」
「はい」
「そこがすれ違ったまま、自分が良いと思っていないことを取り入れようとしても辛い。」
「…そうかもしれない。考えすぎて、自分がしたいと思っていることすら、よく分からなくなってたかも。」
僕は意地悪な質問を思いつく。
「たとえば。久美は、女の性欲について、どういう状態が”よい”だと思ってる?」
「ええ?その…愛する人同士が触れ合って、心がつながるような…」
「本当に?」
彼女の中の気持ちを、言葉にしたい。
僕は久美の中の嘘を追求する。
「そうじゃなくてもいいって思ってない?」
「…」
少しの間、言葉が途切れる。
「…思ってます。」
「本当はどう思ってる?」
「好き同士じゃなくたって、いいじゃないかって。お互いを尊敬しあえるなら…」
「ねえ、待って」
「はい?」
「自分の言葉で言ってよ。」
「…」
「本当に、尊敬とか、愛情とかがセックスに必要だと「君自身が」思ってるの?」
「…いえ」
「どうなりたいのか、自分の言葉で言ってみて」
「…」
沈黙が訪れる。答えを探して、考えているわけじゃない。
最初から、分かっているのに。
ただ、口にしたら、恥ずかしいから。
はしたないと思われちゃうから。
「…私が思う「よい」って、そんなこと関係なくて」
ずっとしまい込んでいた、自分の本当のきもち。
周りから見たら全然ダメな、自分の中の本当の気持ち。
「ただ、気持ちよければいい、って思う…」
久美は、自分が口に出した言葉で、体が熱くなるのを感じた。
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