誰とでも寝る女
Dは誰とでも寝る女だった。
惚れっぽいというわけではない。
ただ単に、貞操観念というものがよくわからなかったし、相手と仲良くなる手段がそれ以外思いつかなかった。
男と話し、食事をして、抱かれて、気に入ったら恋人になってもらえる。
私の事を好きだって言ってくれる。
ただ、そういう順番だとDは思い込んでいる。
好きになってから、もったいぶってエッチする方がイマイチ信じられない。
そんなに時間かけて、イマイチだったらどうするの?
ていうか、エッチなしでどうやって好かれるの?
Dは不思議に思った。
「ね、あたしのこと好き?」
ベッドの中で、Dは問いかけた。
相手の男は、答えづらそうにしている。
てことは、あんまし好きじゃないのか。
Dはちょっとがっかりした。
「なんか言ってよぉ」
うつぶせの体勢から、少し体を起こして詰め寄る。
つるりとした尻を持ち上げると、掛布団が持ち上がる。
濃密に交わった体温がかき回されて、おへそのあたりをひやりとさせた。
「そんなこと言われても、わかんないよ。会ったばっかだし」
「うーん…そっか」
そう、相手は今日会ったばかりの男なのである。
裸のDは、物憂げな男を見て悲しくなった。
さっき肌を重ねてた時には、あんなに私の事を欲しそうにしていたのに。
もうすぐ3時間だし、そろそろ帰ろうか。
ベッドから出て、服を着る。
シャワーも浴びずに、べとついた肌もそのままに。
汚い、とはDは思わない。
このべとべとのほとんどは私が濡らしたからだし。
ああ、パンツが冷たい。
黒いタイツをぴんと引っ張って足を通す。
手を離すと、ぴちっと音を立てて脚を締め付ける。
その瞬間がDは好きだった。
白い肌が、黒とのグラデーションに切り替わり、きれいな曲線を描く。
裸の自分よりも、服を着てた方が、自分の事を女に感じられる。
一枚の布を隔てるだけで、現実が自分の周りに舞い戻ってきたように感じた。
刺激中毒
Dは自分のことを、刺激中毒だと思っている。
のんびりした日々が退屈で仕方ない。
でも、私は単なる女の子だ。
物語の主人公になるような人間じゃない。
人並みの事も出来ないし。
当たり前の幸せが、Dにとっては居心地が悪かった。
一度きりの人生なんだから、楽しいことも、気持ちいいことも全部したい。
そのためには、多少「悪い人」になったって困らない。
そこまで含めて、楽しめるスリルになってないと。
日常から抜け出して、非日常へ。
新しい人と出会って、口説かれ、エッチをすることが、人には言えないDの趣味だった。
全てが心地いい出会いではなかったが、慣れ切った日常から抜け出し、自分と全く違う人を見ることは、退屈病に侵されたDの胸に、わずかなときめきをもたらした。
「…でね…聞いてる?」
「あっうん、何だっけ」
「そこの限定スイーツがすっごいおいしかったのよ」
友達とファミレスで話す時間は、安穏としていて退屈なものだった。
それでも、Dはこの時間を尊いと思う。
汚れた自分が、フツウの世界で浄化されていくみたいに感じていた。
男なんてほとんど付き合ったこともないような友人だった。
のんびりと実家暮らしが似合っている。
A子は、男なんていなくたって幸せなんだな。
そんなことよりも、おいしいものを食べる方が優先なのだ。
私とは、全然違う。
「太るよ」
「あーもう、言わないでよ。Dは太らない体質でいいよね」
太らないというか、食欲自体があまり沸かないタチだ。
Aみたいに食べ物にこだわりがあるわけでもない。
一瞬で、消えてなくなってしまうものにそんなに真剣になれない。
あ、だから男にも真剣になれないのか。
私の事を一瞬だけ掠めていく男たち。
自分の中の密かな淋しさは空腹に似ている。
スカスカになったら何かを入れなくちゃなくて、でもいっぱいになったらもう要らなくて。
Aみたいに、おいしいのが好きだから、食べるんじゃないんだ。
みんなみたいに、好きな人だから、寝るわけじゃないんだ。
なんでだろ。
一人で居たいくせに、一人で居られないたちなんだよなぁ。
「…でね…ねぇ、聞いてる?」
「ん?」
「なんか今日ぼーっとしてない?」
「ちょっと寝不足なの。昨日寝れなくて」
「そうなんだ。そういう時ってあるよね」
「でしょ」
「なんか辛いことあった?」
「そういうんじゃないんだけどね…」
とりとめもなく続くおしゃべりに、ちょっとだけDはほっとした。
話している間は、別に寂しくないから。
「ね、Aって好きな人はいないの?」
「えっ…急になに」
「人を好きになるってどんな感じ?」
「…Dちゃんのほうが、私より恋愛経験多いよね?」
「いや、私のは恋愛ってもんでもないというか」
そう、依存症なの。
セックス依存症。
Dは、その言葉を飲み込む。
言ったってわかってくれるもんでもないだろうから。
プロセス依存
Dの顔立ちは平凡だったが、化粧映えはしやすい方で、流行りのメイクを覚てからはわりあいモテるようになった。
学生の頃はギラギラとした異性の性欲にちょっと引いていたが、働き始めて出会いが少なくなると、そういった機会も貴重だったなと思う。
何物でもない自分が、なぜ人に求められるかよくわかってなかったが、それが体を介して向けられる行為だと理解すると、それを利用しない手はないなと思い始めた。
最近、流行りの出会い系アプリを入れた。
面白いくらい、男が寄ってくるようになった。
相手にこだわりがあるわけではなかったが、やはり見知らぬ人と会うのは怖いので、最低限のリスクオフとして自分なりの基準をDは作った。
清潔感があり、頭が悪くなさそうな人。後者の条件は曖昧な言葉にすぎないが、結構重要だ。
本能ばっかりではなく、後々のリスクをちゃんと考えられる人がいい。
そうすれば、私も無茶をされる事は無い。
たいした条件ではなかったが、現実的にはこれだけでほとんどの男は「選別」可能なこともわかった。
雑なエッチは嫌いではないが、雑に口説かれるのは嫌いだ。
私は下に見られたいわけじゃないんだ、とDは思う。
むしろ、そのプロセスの方に惹かれる。
うまく、口説いて、そして、最後には手荒に扱われる。
破滅的なエッチがしたい。
Dは、脳内で物のように犯される自分を想像して、その興奮に酔いしれた。
肉体的な快楽ではない、脳内麻薬的な心地よさ。
想像の中で、自分はいつも物だった。
ベッドに寝転がって、ただひたすら男に突かれるだけの、女体。
女扱いも、人間扱いもされない、ただの消費物。
Dは自分自身の衝動に身震いし、いつも考え直す。
危ない。そんなの。
かくして、Dのエッチはいつもつまらないものになる。
気持ちいいか?と言われると、まぁまぁ気持ちいい。
だが、事前の妄想ほどは気持ちよくない。予想しうる範囲の出来事しか起こらない。
男と寝るたび、思い描いていたような理想が存在しないことをDは知る。
こんなもんなら、別にしなくてもよかったなあ。
私、本当はそんなにエッチが好きじゃないかも知れない。
だからといって、やめられない。
むしろ、快楽よりも、頭がさえていく感覚が重要だ。
新しい人と接する時の独特の緊張感。
子猫が、目の前に現れた人間に対して、小さな体の隅々まで神経を行き渡らせながら見つめるように。
口説く男を全身で私は見つめる。
不安、恐怖、好奇心、期待。
頭の中でぐるぐると回る感情をミックスジュースみたいに飲み込んで、体中にジワリとしみこませる。
つまんなくて死んでしまいそうな日常への興味を取り戻すために、Dはエッチをする。
イイことじゃないかもしれない。
だが、ぼんやりと生きてるんだか死んでるんだか分からない日常を過ごすよりは、ずっとマシだ。
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