生きるために傷つけられたくて自傷する少女の話(モデル小説:C)

嫌いな学校と自分、消えたい気持ち

Cは10代の楽しみを感じられないでいる。
毎日の思考を支配しているのは「消えたい」であり、何で自分がこの世に生を受けて、いまだに生き続けているのか理解できなかった。
そうやって、一人で物憂げに沈むことがCの日課だった。

当然、友達もほとんどいない。
恋の話も、流行りの歌の話も、どうでもよかった。
友達なんかいらない、と思っていたので、ほとんど一人で居た。

外から見れば、Cは無口に窓辺でぼんやりしている女生徒に過ぎなかった。
忙しく自問自答を続ける頭の中が言葉として吐き出されることは殆どない。
だから、誰にもその心情が理解されることなんてなかった。

吐き出そう、とはC自身が思わない。
過去に率直な気持ちを語った時、無意味に慰められ、前を向きなさいと諭された時、どうしようもないな、とCは思った。
何か理由があって辛い気持ちになっているわけではない。

それが思春期の多感さである、と簡単に片づける大人はたくさんいたが、こんなに辛い思いをしながら20歳や30歳まで生き続けている彼らという存在を、Cは信じることが出来なかった。
だから、自分の感じている感情は一般的ではないんだろう。
そう考える。

毎日を楽しまなくちゃ。
10代の義務のように刻まれた言葉が、重くのしかかる。
ぎゅ、と袖を掴んだ。

濃紺の制服の生地がくしゃ、と形を変える。
みんなと同じ制服、みんなと同じ価値観。
みんなと同じ幸せ。

どれもCは嫌いだった。
襟元に擦れるワイシャツがどうにも煩わしくて、今すぐ脱ぎ捨ててしまいたいと思った。

傷つきたい、傷つけられたい願望


しゅる、と音を立てて、首元を締め付けていたタイをほどく。
ワイシャツのボタンを一つずつ外す時間が、Cには永遠にも長く感じられた。
学校が終わり、自室に戻ってくるとまず制服を脱ぐ。
一時でもそれに触れている時間を短くしたい。
袖から腕を抜く時間すら耐えがたかったが、ほどなくシャツは脱げ、床に投げ捨てられる。
スカートの折り返しを戻して、ホックを外す。
太ももを滑り落ちる生地の感覚に、Cはほっとしていた。

同時に、鏡に映る自分の姿を認める。
つややかに伸びた黒い髪。
白く滑らかな肌。
腕と脚に伸びる、無数の赤い筋。

Cは自傷癖が治らない。
いつもいつも、自分の体を切りつけて、血を流す。

自分の体が嫌だった。
胸元と、腰を包む下着を見やる。
なんで、胸が大きくなっていくんだろう。
なんで、それを隠すために下着をつけなきゃいけないんだろう。
どうして、生理なんか来るんだろう。
私は大して生きていたくなんてない。
もちろん、子供なんて欲しいとは思わない。
だから、生理なんてなくたって一生困らない。

月に一度訪れるそれの、ひどい匂いを嗅ぐたびにCは吐き気がした。

なんで、なんで。
どうして、こんなにめんどくさいの。
何もかも。

黒い、ロングのTシャツを着る。
部屋着はだいたいそれだった。理由は、血が染みても目立たないから。

鼻の奥がツンとして、目に涙が溜まった。
生きているのが嫌なんだから、女であることも当然嫌だった。
今日も、一日が無意味に過ぎた。
私は何で生きているんだろう。

机の上に無造作に置かれたカッターを手に取り、刃をだす。
チキチキチキ、と鈍い銀色がきらめく。

やにわに、どっ、とそれを腕にたたきつける。
さっと肉が裂ける。
ジワリと広がった皮膚の境目。
派手な出血がすぐに訪れるわけではない。
その瞬間だけは、白とピンクの肉の塊。

自分でもわからない、自分の内側を見れた気がして、Cは少しホッとする。

一回、呼吸をするくらいの時間が過ぎて、赤黒い血が無数の玉を作る。玉の境界同士が触れ合って、その形はすぐに崩れてしまう。

血と一緒に、痛みがしみこんでくる。
ヒリヒリとした肉が血濡れになった後は、ただの鈍痛だ。
擦りむいた膝に、お風呂が湯が染みるのと同じくらい。

一方で、思考とは無関係に、体の損傷に反応した神経が昂る。
心拍数がわずかに上がり、ドクン、ドクンと拍動が大きくなる。

Cは安堵する。

いつもはぼんやりと、何も考えられない頭が、明白に痛みをキャッチアップする。
その瞬間まで忘れていた、自分への体への関心を思い出す。

生きている、と思える。

痛いから、ではない。
心が動くから、自傷する。

どっ。
どっ。

カッターを振り下ろし、傷を増やすたびに
かっ、と脳みそが熱を帯びる。

自ら作りだした緊急事態に、アドレナリンが溢れ出す。

中毒だ、とCは思う。
自己損傷中毒。

頭の中が回りだすと、色々な欲を思い出す。
お腹が減った。シャワーも浴びたい。
なんだかトイレにも行きたいし、散歩だってしたい。
股間も疼く。思春期の性欲を思い出す。

傷つけることで、生き返る。
壊すたびに、私の体に命があふれてくる。

存在意義への問いかけでも、なんでもない。
弱さへの抵抗ですら、ない。

それはただの欲望だ。

私は私を傷つける。
構ってもらいたい、誰かに振り向いてほしいからするわけではない。

ただ、この気持ちよさを味わいたいだけなのだ。

傷つけられることで思い出す、生きている感覚

物理的に傷ついた自分は、初めて素直になれる。
自分が生きていることも、一人の女であることも、素直に受け入れられる気がする。

ひとりベッドの中で、Cは一人エッチをする。
痛む腕も、何も気にならない。
初めてそこで自由になる。

Cは、妄想の中でボロボロにされる。
頭の中で、むちゃくちゃに犯される。
男たちの欲望を叶えるためではない。
弱い自分を体験するためでもない。

男が挿入したい、と思うのと同次元で
女である私は、挿入されたい、という欲求があって当たり前なのだと思う。
淫乱、なんて言わないでほしい。

性欲が強いのを自覚している。
エッチがしたい。
私が、私であるために。

いくらそう思っても、今夜の私は一人だ。
明日も、その次の日も、さらにそのまた次の日も、一人かもしれない。

だって、私は傷つかない限り素直になれない。
しかも、手ひどく。
誰もが避けて通るくらい、血まみれに切り刻まれて、初めてこのままでいいって思える。

そんなことをしてくれる人なんて、私自身しかいないと思う。
体も、心も、程よくぐちゃぐちゃにしてくれるだれかなんて、居やしないのだ。
孤独であることが、Cを余計に敏感にした。
まるで、今ここで誰かを求めないと、死んでしまうんじゃないかと思った。
一人で無味乾燥に生きていくことに限界があるのは分かる。
このままじゃ、本当に死んじゃうしかなくて。

指先の動きが激しくなる。くちゅくちゅと淫猥な音が、静まりかえった夜の自室に響く。

なんでこんな事しかできないんだろう。
他の人はすまし顔で、人生うまくやれてるのに。

ああ、エネルギーが有り余る。
何処にも向かう先のないそれを、Cは自分の一部を壊すためと、治すために使っている。
生産性のないループがそこにある。
小さな繰り返しの中にとらわれて、何もできなくなっている。

普通の恋愛なんてできっこない。
誰も、私の事なんてわかってくれない。

一人で作った砂の城。
うまく出来た後に、何をしていいか分からない。

バカ。
クズ。

私がいつも自分にそう言っているように、誰かに嘲られて、殴られたい。
あざだらけになるくらいに。

それはいけない事なのだろうか?

考えれば考えるほど、モヤモヤは無限大に膨らみ、内側に留めておけない。そんなことをしたら、破裂しそうになるから。

Cは、傷ついた腕を見つめる。
この女くさい胸も、脚も、傷つけてしまいたい。
切り裂かれた皮膚と肉が、女陰の形に見える。

誰かここを、犯してくれないかしら。

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