ストレスが高まると被虐欲の高まる女性(モデル小説:B-後編)

ストレスの蓄積

家に帰り、ずっと泣きどおしてそのまま眠った翌日。
鏡に映った顔があまりにも酷いもので、Bは溜まりにたまった代休を消化することにした。

Bの一つの問題は、気分の揺れが激しいことだ。
テンションが上がっているときは休みなんて無くても頑張れるのだが、
自覚するくらいに疲れて、走れなくなった後は、とことんまで落ち込んでしまう。

(大丈夫ですか?ゆっくり休んでくださいね)

休みを聞きつけた後輩からそんなメッセージが来ていた。事情が事情だけに、Bはちょっと恥ずかしくなった。高々失恋くらいで情けない。罪悪感と共に、職場を思い浮かべたBは、自分の中に別の感情が生まれているのに気付いた。

休んで、復活したら、また戦わなきゃいけない。
怖い。
本当は、逃げたい。

その逃げ道を、彼にに求めていたことに気づく。

本当に言ってほしかった言葉も今ならわかる。

「もう頑張らなくていいよ」

それだけだったのだ。
ダメな自分を見せちゃったら、そのままダメになってしまいそうだったから、強がっていた。甘い時間なんて毒でしかないと思いながら、無理やりの笑顔で、恋人の時間を作っていた。

思っていることと、口から出る言葉がどんどん離れていったのも、たぶんそのせいなんだと思う。

相手が望むものに応え、認めようとする心理と、何かの拍子にぽろっと出てしまいそうな本音の落差が恐ろしい。

励ましてほしいんじゃないのに。
癒されたいんじゃないのに。
ただ、ちっぽけな自分を、ありのままに見てくれたら、それでいいのに。

ストレスと性欲

一番近しかった人にすら自分を認めてもらえなかったことに、Bはショックを受けていた。

正しいと思ってやってきたこと。仕事に打ち込み、後輩に好かれ、周りの人とうまくやる。そうやって頑張っていけば、いつか分かってくれるんだと信じていたこと。

でも、しょうがないのかな…。きっと、もっと頑張っている人もいるってことなんだ。
でも、これ以上って…私、そんなに頑張れないよ。
…疲れちゃった。


ネガティブな気持ちはスパイラルに入り、Bは自分自身の価値を疑い始める。
もともと、自己評価が低いタチだ。周りから褒められる自分というのは居心地が悪い。もちろん、この性格のせいでろくでもない恋愛が多くなってしまっていることは承知している。

愛されることがそもそも苦手なのかもしれない。
きれいだ、と褒められても、そのまま受け取ることができない。
客観的に見れば、Bの容姿は中々に魅力的な部類といえる。くすみのない肌、目元を飾る長いまつ毛、さらさらの髪は端正なショートカット。
見かけはまず「出来る女」に違い無かった。

B自身は、単にそれは演出の結果だと思っている。
薄いファンデーションも、部分的に引くアイラインも、狙った通りやって、見る側が勘違いした結果だ。
化粧を落とした私は、少し童顔の、どこにでもいる女に過ぎない。

男も結局、作った私に騙されているに過ぎないのではないか。
だから、本当の私に気づいたら、すぐ幻滅してしまうのだ。

付き合っても、あまり長く続いたことがない。

Bはもともと甘い雰囲気のエッチが苦手なたちである。
大した苦労もせず、女ってだけで優しくされるなんて、なんか違う。もっと…なんというか、雑に扱ってくれていい。私じゃなくて、相手本位のエッチでいい。
ダメな自分を、ダメなまま扱ってくれたほうが心地いい。

そんな性癖を満足させるのは、自然と知り合ったばかりの男たちになった。彼らは身勝手なエッチをして、傷つけ、Bはそれで満たされた。
ワンナイトラブが増えるのはどうしようもないことだったし、あえてコントロールしようとは思わなかった。

仕事で見せる「公私ともに充実した女性」とは全く違う、裏の顔。
爛れた性癖でしか満たせない、自分の心。

自己破壊的な衝動に、Bは時々憑りつかれる。
そして、彼女は自覚している。ストレスが高まったときほど、そんな気持ちが強くなる。彼氏にすら認められない、ちっぽけな頑張りだけが自慢の、寂しい女だって、罵ってもらってもいい。

強くて、立派だと思われている私を見破って、ぐちゃぐちゃにしてほしい。
そうやって、リセットしてほしい。

今がまさに、そんな気分の時だった。

被虐欲の正体

見下されたい、と思うことが馬鹿な欲求だというのは分かっている。
惨めに、貶めて、壊してほしい。

自分だけなんだろうか。こんなことを思うのは?
いつもの癖で、googleに検索キーワードを打ち込んで調べ始める。

すぐわかるM女の特徴…
なんか、そもそもが違うな。
か弱くて、押しに弱い女がMなんだろうか?
少なくとも私にはあてはまらない。

苦痛系…
叩かれたい?SMってそんな世界なのだろうか。
ちょっと怖い。痛いのが欲しいわけじゃない。

支配される関係…これはちょっと近いかもしれない。
ただ、命令されたいのとは違う。
尽くしたいわけでもない。

Bはただ、ほんの一瞬だけ負け犬になりたかった。
私は、なんてダメなんだろう、って思い知らされたい。
セックスでおかしくしてほしいんじゃない。
矛盾した、おかしな私を、そのまま壊してほしい。

強く生きるために、弱くしてほしい。

自分でも、訳が分からない欲求だと、Bは思う。
惨めになっておけば、少しくらい他がうまくいっていても、許される気がするのだ。

言えなかった、本当の自分

SMサイトを探しては、読み漁る。
ろくでもないゾーンだな、と思う。
欲望だらけの、見るからに淫雑な場所。

でも、今の自分には合っている気がする。
低俗で、卑猥なことをしている自分がそこにいた。

会社で接する人たちは、頭も品もいい人たち。
まれに頭の柔らかい人が、場を和ませるためのユーモラスなエロを繰り出す程度。どぎつい下ネタとは、しばらく疎遠だった。

今は、画面の中とはいえ、いつもとはまったく違う、性に染まった世界が広がっている。
男たちと、女たちの裏の顔が、そこには綴られている。
時折、彼女らと自分が重なる。

次第に、自分の中に押し込めていた、暗い欲望が膨れ上がる。
モヤモヤとしていただけの何かが、きちんとした言葉になって、ちくちくと胸に刺さり始める。

誰かに、聞いてほしいな。
分かってくれそうな、誰かに。

一人では考えを消化しきれなくなり、そんな思いが芽生えた。そして、一つのサイトが目に留まる。

文章を見れば、人となりは、なんとなくわかる。
過剰に性的ではなく、でもどこかで同じように壊れていそうな人。
そして、自分の期待に正しく答えてくれそうな人。

…この人なら。

コンタクトフォームを開いて、メッセージを綴る。
言葉にして、思いを吐き出す。

普段は、しっかりまじめに働いていること。
でも、時々ダメな妄想を抱いていること。
危ういバランスで成り立っている自分を、どこかで崩されたいとおもっていること。

今まで絶対に口にしないようにしてきた言葉たちが、堰を切ったようにあふれ出し、文章として綴られていった。
直接面識もない、一度きりの相手だと思うと、何でも書けた。
自分でも驚くほどの長文が出来上がる。

最後にもう一度読み返して…と思ったが、読み返すのも恥ずかしい。
もう、いいや。
送っちゃえ。

あえて何も考えず、送信ボタンを押す。
送信完了の表示と共に、忙しかった頭の中がふと空白に戻る。

「……」

何かとんでもないことをしてしまった気がする。

いや、大丈夫。
リスクは理解している。
危なくなったら、離れればいいだけだ。

その日の夜、自分の行動を思い出すと、何故か体が熱くなった。

劣等感。

どこかに押し込めていた、自分の感情を認識した。そして、初めてそれを吐露した。自分の「裏の顔」は、もうどこかで誰かに知れ渡った。明日にでもそのことで何かが起きるかもしれない。心配と一緒に、期待が膨れ上がる。

気遣いなんていらない。
ひたすら罵倒され、踏みにじられ、そこで初めて私は救われる気がする。

ちょっとだけ、切り取ってほしいのだ。
自分が持ちすぎている何かを。
そうすれば、また一人で立てるから。

自分だけでは叶えられない欲望

翌日、返信がある。
「Bさん、メッセージ読みました」
そこには、Bが求めていた「理解」がつづられている。

胸が苦しくなった。
自分の抱く感情は、おかしな何かだと思っていた。
誰も受け入れてくれないと思っていた。
でも、この世界なら、私を受け入れてくれる人もいる?

「…切り売りしたプライドの分だけ、許される気がするんです」

気づけば、一度きりと思っていた相手に、また言葉を書き綴っていた。
隠し続けて来た劣情を露わにする。
渦巻く欲望が一気に解放され、嵐のように頭の中を埋め尽くした。

わたし、だめなことをしている。

でも、それでいい気がした。
溺れかけるような毎日の中で、必死に押さえつけてきた自分。
品よく、隙のない、いい女であり続けようとする自分。

唐突に去って行った彼氏の事を思いだす。
理由なんて、大したことじゃない。ただ、すれ違っただけだと思っていた。

でも、やっと理解した。
あの人は、私に優しくはしてくれたけど、泣かせてはくれなかった。

だから、明け渡したものも、何もなかったんだと思う。

書きながら、Bは涙が滲んでいた。
ありのままの自分が、こんな近くにあったなんて知らなかった。

「ダメな女」

そう言われて、ただただ見下されてしまえばいい。
私の目の前に立ちふさがって、通せんぼをされる。
走り続けて苦しくなった呼吸も、重くなった足も、そこで休められる。

「情けない、惨めな思いがしたいです。…そんな体験は、可能でしょうか?」

書きながら、気づけば下着が少し濡れていた。
リスクはしっかり理解している。
使い捨ての場所だ。

へまをしなければ、何も危ないことは無い。
決断力、行動力。
Bが普段から養ってきたその能力を、自分の欲望のために使う。
運命を変えるかもしれない送信ボタンを、躊躇なく押す。
画面が切り替わり、送信完了を告げる。

Bの内側を、パンパンに膨らんだ風船のごとく支配していた緊張感が、プシュ、っと抜ける。その結び目をほどいたときのように。
自分を励ましながら、折れそうな心に鞭を打ちながら、毎日にギリギリ打ち勝ってきた。そんな日々も、もう終わる。
新しい何かを手に入れるために、今まで持っていた何かを捨てた。
明日から、どんなことが起こり始めるのだろう?

うまく、やらなくちゃ。
私が、私のままでいるために。

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