傷つけられたい気持ちと性癖

SMとこころ

マゾなのにマゾじゃない?

前記事までで、医学的な「マゾヒズム」の話がひと段落しました。

こちらの論文では、マゾヒスト=愛情を得るために苦痛を支払う人、というのがその定義でした。
ところで、心理テストの記事においても「マゾヒスティック」の項目はありますから、上記の傾向が強く見られれば数値が高くなるはずです。

しかし、結果を見ると、必ずしもマゾヒスティックの値が高いとは言えません。

これは何故でしょうか?
もう少し考えてみましょう。

傷つきたい気持ちはSMとは違う?

一段視点を上げて「自分を傷つけたい気持ち」について考えてみましょう。
これも実は2種類に分けることができます。

1) それを特定の相手の愛情を得るためにあえて提供する人。
2) 相手の有無にかかわらず、そうあるべきだと考えて実行する人。

論文におけるマゾヒズムは(1)のほうです。
(2)の人は「マゾヒストとは呼ばない」として除外されています。

このタイプの人は、世間一般的に解釈されているマゾ「性的に痛めつけられたり、屈辱を与えられるするのが好きな人」とも違います。

一般にイメージされるマゾとも、論文上で議論されるようなマゾとも異なる空白地帯に居るのです。
僕が「白いゾーン」と名付けた「自傷的なマゾ」は、実はこの地帯に属しているのかもしれません。

本記事では、このタイプを紐解いていきます。

自分を苦しめなければならないという強迫

結論から言えば

「相手の有無にかかわらず、自分は傷つくべきだと考えて実行する人」
は「強迫」という病像に分類されます。

強迫観念、という言葉は皆さん聞いたことがあるかもしれません。
何か頭の中に強力な、しかも不合理な考えが浮かび、それを実行しないといけない…という衝動に突き動かされている状態を言います。

潔癖症なんかは強迫の一種で、手を5分も10分も洗わないといけない…と言った不合理な考えに支配されてしまうのです。

依存や鬱も、実は強迫が併存している可能性があります。
実際に必要なものではないのに「それが無くてはならない」と自分自身を苦しめるようなルールを作るのです。

強迫の原因はセロトニン系のアンバランスと言われています。
アンバランスと言っているのは、単純に足りないから増やせばいいというものでもなく、時には過剰だったり、はたまたドパミンの量によって最適な量が変わったりします。
この辺の議論については、どうすべきものなのか未だに結論は出ていないようです。

心理テストの結果を見ても依存、鬱に次いで高値なのは「境界例」「強迫」となっています。

自傷の原因は不安

強迫のパーソナリティ障害もあり、OCSDと呼ばれます。
衝動性や脳内ホルモンのパターンはBPDと似た部分があるようです。

また、自傷に関しては1次障害として「不安」が想定されます(悲観と言い換えてもいい)
パーソナリティ的にはBPDと相関が深いとされています。

自傷も強迫の一種と捉えると「自分は傷つくべきだ、という気持ちが生まれ、それをどうにもコントロールできない」という状態になっていると考えられます。

不安感情と密接な関係がある脳内ホルモンはセロトニンです。
セロトニンはうつ症状と密接な関係があるとされています。

ここまで出揃えば、心理テストの結果ともほぼほぼ整合が取れてきます。

不安感情の強い人は、SMという「攻撃される体験」を通してアドレナリンが分泌され、感情をマスクしたり、脳内ホルモンのバランスを変えて「生き辛さ」に対応している可能性があります。
SMが治療的に作用しているのかもしれません。

不安を解消するための性をSMと呼べるの?

性依存症的なタイプもこれの一種かもしれません。

総括しましょう。
細かいサブタイプはさておき、大枠で下記の3つに分かれます。

1) 性愛的マゾヒズト。最終的に求めるものが性的快感であり、その手段としてSMをする。
2) 道徳的マゾヒスト。最終的に求めるものが相手からの愛情であり、その手段としてSMをする。
3) (名前のない)マゾヒスト。最終的に求めるものが不安感情からの脱出であり、その手段としてSMをする。

ようやくすっきり整理できた気がします。
もちろん、この3者がくっきり分かれてるわけではなく、どれもがまぜこぜになっている場合があります。

少し考えてほしいのが、例えば1)の性愛的マゾヒストと、2)の道徳的マゾヒストでは、セックスの意味合いも変わります。
1)の場合はセックスそのものも目的になりうるのに対し、2)の場合はSMを通して愛情を得た後は、ノーマルな恋人同士がするセックスと意味的には似てきます。それをSMの範疇に含めるのか?といわれるとちょっと違う気がするのです。それは、ただ好きな人とするセックスであり、SM的な意味はないかもしれません。
3)も同様です。不安を解消すれば安心してセックスもできますから、SMとは目的を異にしています。

名前は…自傷的マゾヒスト、とでもしましょうか。
2重表現っぽいですが、一番適格な気がします。

僕が考えてきた性癖の空白地帯「白いゾーン」を解き明かす旅は、ひとまずこれで終了です。

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