リリはアイドルをしていたんだという。それを明かされた時に、僕はそれを素直に信じることができた。
サラサラのストレートヘア、人懐こい丸顔、目元はどちらかというとタレ目で、つけまつげをつけなくても長い睫毛、ナチュラルな困り眉。
ぷっくりとした唇。小さくて細いのにグラマーな体。挙げていくときりがない。磨き上げられた美しさではない。まるで子供や子猫のような、説明不要の可愛らしさがある。これは美醜というより、魅力という言葉で語るべきかもしれない。見るものを魅惑する力があるのである。
おまけに、人当たりもとにかく良い。世話焼きで人懐っこい。よく知らない人に対してもそういう態度で接することができる。リリは誰にでも好かれ、誰とでも仲良くなれるだろうと僕は思った。
つまり、アイドルと言われても違和感のない佇まいと、アイドルとしての愛されるための素地も十分に備えていた。
ところで、アイドルというのは具体的には一体何をしているのか?
「ステージで歌ったり、踊ったり、あとは配信とかしますね」
「人気あった?」
「まあそこそこ。私は清楚系ロリ担当でした」
「清楚系ロリって、それはただのロリなのでは?」
「えっ?確かにそうかも?!だから売れなかったのかな」
「人気出たんじゃなかったんかい」
冗談を交わし、しかしアイドルに求められる事項をリリは殆ど備えていたから、どんどん人気も出ていったらしい。オフの日は動画配信をして、投げ銭は結構な収入になったんだという。
「アイドルはもうやらないの?」
「やれるならやりたい。でも本腰を入れるには、生活基盤がないし、ちょっと疲れちゃったから。私の方も気を遣うんです。私は可愛さを売ってます。買ってくれる人にはいい顔をしないといけない。手が届くけど、ある意味神聖なものじゃなくちゃいけない。そこで本当の私がどうとか、エゴを出すのは違うなと思うんです」
彼女が望むように、誰もが彼女を認め、ちやほやしてくれた。では承認欲求も満たされるのではないか、と思うのだがそれも違うのである。
「顔もいいし、スタイルもいいよね。実際には、結構人気が出たんでしょう?」
「うん。一応」
最初に述べたとおり、彼女の外見は見事なものだった。アイドルと言われてすぐに納得できるようなレベルである。
「アイドルとしての私を見てくれる人は、そういう仮面を好きになってくれた人。仮面は私や事務所が勝手に作ったものだけど、気に入ってもらってるならそれでいいと思うの」
「中身を見たいと言ってくれる人もいるんじゃないの?」
「もちろん居るけれど、そこは線引きをしっかりしないと。ファンの人は、私を大事にし過ぎてくれる」
リリの言っていることは、僕は分かるような、分からないような気がした。
僕だって仕事中は、ビジネスライクな態度でものをいう。そこにプライベートをはさむ余地はない。
「一度だけ撮影がありました。カメラの前の、私は違うんです。私だけど、私じゃない。まるで乗り移ったかのように、私が理想にしてるアイドルを一杯に演じることができました。後ろ向きで、悩んでいる私じゃない。見てくれるファンのためだけを思って、一生懸命やれた」
リリはオレンジジュースを飲みながら語る。
「綺麗に撮ってもらえたんです。綺麗な私を撮ってくれた。清楚な女の子。自分で見ても、可愛いなって思いました。見られるのはすごく快感です。私ですら気づかなかった私を映し出してくれる。でも、それって嘘っぽくないですか」
リリは続ける。
「気づいたんです。本当の私は笑ってない。焦ってるだけです。可愛い私と、可愛くない私がいます。可愛い方の私を見せるのが仕事だってわかってます。でも、だんだん辛くなってくるんです。私は何物でもない。アイドルだけど、地下アイドルでしかない。もともと、浮き沈みがすごく激しいし。頑張れば、その一瞬は輝けるけど、それは平常運転の私じゃない。アイドルとして、全力投球してる時だけ出てくる”女の子”です」
女の子、といういい方に、僕は勝手に納得していた。そこにアイドルという属性を重ねたからである。
それは”女”であってはいけない。”女の子”でなくてはいけない。
リリはその日、緩いワンピースを着ていた。体のラインが隠れるようなシルエットだった。
「私にとって、男の人はよく分からないものでしかない。それでも、ときどき私の空白を埋めてくれる。」
一体、ファンは私のどこを見ているのか?真面目に悩み続けたリリは、そのギャップに耐えきれなくなって苦悩する。そこで見せるのは、あくまで純真可憐な”女の子”としての自分だけだった。
「身も心も、本当の、丸裸の私を認めてほしい。SMって、何しても許されそうだったから。どこかで私を見つけてくれる人が居るんじゃないかと思って」
「どうして僕を選んでメッセージをくれたの?」
「父性の話 が好きだったから。私には、お父さんがいなかったから」
聞けば、母子家庭ではないのだが、実質的には父親は居ないも同然で育ったようだった。
「えっちなことはあまりしたことが無いです。私は性欲が薄いんだと思ってました。アイドル時代も処女だって言って売ってたし」
「本当は?」
「えへへ、実は経験はある」
「だよね」
彼女の望むものが、SMの世界にあるのか?
たぶん、一般的なSMの世界にはないだろう。SMと普通の間くらいにある空白地帯…白いゾーンに彼女はいる。
「興味自体は、しんしんとありました」
「どんなところに興味を持ったの?」
「私は女だから、ただ女として扱ってほしい。あんまり大事にしてほしくないんです。アイドルの女の子としてじゃなく、もっと一人の人として見てほしい」
優しく、力強く、そして絶対的なもの。それはおそらく、父のような物なんだと思う。
リリが欲しかったのに、得られなかった、本当の男。
優しく愛でてくれることは、皆がしてくれた。でも、安心には足りなかった。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
僕たちは、密室に二人で移動する。
その中で行われることは、彼女の家庭の、父の行動の再現になるかもしれない。
「…怖くないかい?」
「えへへ、楽しみですよ~」
いつもの、人懐こい笑顔でリリは明るく答える。
暗い、ホテルの一室で、僕たち二人だけが世界から切り離される。
リリはそっと服を脱いだ。清楚とは程遠い、赤い、艶やかな下着が現れる。
着やせするタイプのようだった。その体は、僕が想像したよりずっと豊満だった。
むっと、汗と女の匂いがした。
リリはじっと、僕の方を見ている。僕が何を言うのか、待っている。
「アイドルの衣装の下は、こうなってたんだね」
その言葉に、びくりとリリは体を震わせる。続く僕の言葉を待つ様に、その表情がのぼせる。
「巨乳で、いやらしい、やりやすそうな身体だな」
僕は、率直に彼女に言う。ただの女としての、彼女の評価を。
リリの張り詰めていた表情が溶ける。見られる、という恍惚感と、等身大の自分を見られたという安心感のようなものがそこに在る。彼女は、だらしなくニヤリと笑った。
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