子供のころから被虐に憧れて
樹は実に多才である。
スポーツは万能で、子供のころから様々なお稽古事も続けている。
何にでも凝り性な彼女は一時、芸術で身を立てようとも考えたが、現実味を考えて結局はやめた。
代わりに医療で社会に貢献しようと思い、それを実現してしまった。
簡単な事ではない。なにせ彼女の職業は医者なのである。
ちょっとやそっとの努力で到達できるものではない。
以上のような事実は、体験が終わった後で彼女が話してくれたことだ。
僕は何も知らないまま樹と会い、はじめその雰囲気に首を傾げていた。
「職場では、わりとムードメーカーなところがあります」
人見知りと緊張の最中にあることを差っ引いても、彼女はどうも話し上手には見えなかった。
僕が一言話せば、樹は少し考えてからゆっくり言葉を返す。
樹はその思考の時間を使って、自らの「性癖」にかかる部分だけを切り取って伝えた。
余計な部分は、なるべく話さないように。
SM体験などという事をしている僕の事は、奇異に映ったに違いない。
本当にまともな人だろうか?
それが分かるまでは、何も明かさないようにしようとした。
公共性のある仕事だからこそ、素性の分からない相手とは、距離を取る。
一方で、耐えがたい欲求を誰かに理解してほしかった。
20代の半ばで、彼女は自分自身の性的欲求に悩んでいた。
激務ゆえに、男性と恋愛する暇はあまりなかったのかもしれない。毎日にひたすら耐え、ストレスが積み重なるほど、虐げられる妄想は加速した。
性的衝動は強くなったが、その先に何があるかはよく分からない。
なぜなら樹は未だに処女だった。
コンプレックスは一つだけではない。性癖がどうも、人とは違う。
「高校の時は運動部でしごきがすごかったんです。それが気持ちいいなって思ってました」
今時珍しいコーチの罵声が、彼女の性癖を刺激した。
疲れ切り、鉛のように重たくなる体が愛おしかった。
「習い事のお稽古の時も、最初は手をついての挨拶から始まるんです。そうやって頭を下げてる間に、蹴り倒してほしいって思ってました」
「被虐願望自体は小学校6年生くらいのときからありましたが、あまり性欲はありませんでした。部活の時に顧問にきつい事されるのが内心快感だったのも、あんまり性とは結びついていなかった感覚です。
でも大学で、自分で触る事を覚えました。同時に、女の人が叩かれたり、男の人に我慢しろって言われていたり、嫌がるのに無理矢理押さえつけられてる動画を見つけ、よく見るようになりました。それで自分がそうされている事を想像するようになったり、そうされたい、と思うようになりました。でも、その当時はセックスに興味があるというより、とにかく被虐性が強い、女の人がいじめられてる映像ばっかり見てる感じでした。
全然関係ない話なのですが、小さい時結構母が怒ると、めっちゃ叩かれたり、家から閉め出されたりしてたんですよね。小学校高学年くらいからは流石になくなりましたが、、
そのときは、そういう事が嫌で本当に心の底から悲しくて恐怖だったんですけど、、
小さい時のそういう経験が今の、叩かれたり、痛い事とか辛い事されたいという願望に関係している気も若干します」
樹の興味は、初めからSMに向いていた。
ノーマルに愛を重ねるよりも、暴力的な行為に興奮を覚える。
SM好きの中でも一番相手とのめぐりあわせに困るのは、このような「DVっぽさ」をベースにしているタイプである。
普通の人はまず相手になれない。
Sの中でも、そこに適性を持つ人は少ない。
樹は、自分の耐久力を試したいのである。
彼女は忙しい日々の中でも、ジムに通ってのトレーニングを欠かさない。
肉体の充実感は、ひ弱な女子とは比べ物にならない。
女らしさは失わない。
しかし、力任せにねじ伏せられるような弱さはそこにない。
痛みの中での処女喪失
樹は叩かれても、呻いたりしなかった。
ふふ、と声を上げながら、ただ微笑んでいた。
幼いころから焦がれ続けた、被虐のワンシーン。
理由なんてないまま湧き上がる喜びに、自然と笑みがこぼれてしまう。
僕が手を抜いているわけではない。
スパンキングの域を超えて、相当な衝撃を受けてもそれは変わらない。
端から見たら、異常な場面。
僕は彼女の心のうちは分からない。
ただそのまま向き合う。無理やり、人並みの幸せに当てはめないように。
サディスティックな経験こそが、彼女の生きる糧なのだ。
「もっと、人間扱いしないでほしいんです。ボコボコにされたい」
プレイの最中、樹は口走る。
そして、どんどん濡れていく。
優しい愛撫の一つもなしに、処女のまま、彼女は濡れていく。
体に衝撃が加わるたびに、下腹部がジンと疼いた。
樹が抵抗する相手は、僕ではない。痛みから、恐怖から逃げようとする自分自身だ。
甘えても、誰も救ってはくれない。
小さい頃から、それは身に染みておぼえてきたから、自分自身が少しでも頑張れるようにコントロールしていく。
SMが一段落して、僕は次の段階へ進む。
「咥えろ」
はい、と返事をして、樹は初めてそれを口にくわえる。
そして自ら、喉奥まで押し込んだ。
苦しくても、えづいても、彼女はやめない。
「もっとお願いします」
何の経験も無いまま、ひたすら自分を追い詰める。
僕は少しずつ、樹にテクニックを仕込む。
何事にも、素直で練習好きな性格が、性技にも発揮される。
やがて、その処女を失う瞬間が来る。
キスも、愛のささやきも知らないままに。
僕はただ指示をする。
脚を開け。
力を抜け。
あと半分だ。がんばれ
僕の言葉に、はい、と樹は答える。
ひとかけらの愛情も与えらずに、淡々と作業のようにそれは進む。
未知の感覚に対する恐怖を、樹は無理やりねじ伏せる。
初めてが、いい思い出になるように。
愛情たっぷりに。
痛くないように。
そんな、世間一般の戯言なんて一つも気にせず、僕は樹を追い込む。
彼女も、それに応える。
破瓜の痛みが、襲う。
樹は初めて口を押える。
それが悲鳴なのか、歓喜なのか、僕はよく分からない。
虚ろだった彼女の目に、生気が戻る。
つまらない繰り返しの日々をひっくり返してくれる、秘密の時間が、彼女をよみがえらせる。
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